神戸地方裁判所 昭和61年(行ウ)31号 判決 1993年1月25日
原告
株式会社モコ
右代表者代表取締役
新井常夫
右訴訟代理人弁護士
宮﨑乾朗
同
大石和夫
同
板東秀明
同
京兼幸子
同
森英子
同
藤田健
同
中澤洋央児
同
山之内明美
被告
伊丹市長
矢埜與一
右訴訟代理人弁護士
村田哲夫
右指定代理人
小西誠
外二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が昭和六一年五月一〇日付けで原告に対してした、原告の同年三月一四日付け申請に係る別紙物件目録記載の土地における風俗営業(パチンコ屋)店舗建築についての不同意処分を取り消す。
第二事案の概要
一本件は、原告が、伊丹市内にある別紙物件目録記載の三筆の土地(但し、いずれも各土地の一部、以下「本件建築予定地」という。)上に、風俗営業であるパチンコ店を営むための建物を建築するについて、「伊丹市の教育環境保全のための建築等の規制条例」に基づき、被告に対し、建築同意申請をしたところ、被告が、これを不同意としたため、原告が被告に対し、右不同意処分の法的根拠である右条例は、(一)条例でありながら、何らの法律による授権なくして財産権に対する制約を定めている点、(二)その目的である風俗営業の規制による青少年の教育環境の保全については、既に「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」と同法に基づく「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例」による規制が行われているが、教育環境保全条例がこれらの法令と同一の目的のもとに、これらの法令の下位規範に過ぎない市条例をもって、これらの法令の定める規制の範囲を超えて一層広範な法的規制を定めている点、において憲法に違反している等と主張して、その取消しを求めた事案である。
二争いがない事実
1 原告は、パチンコ、アレンジボール、麻雀等の娯楽遊戯場の経営を目的とする株式会社である。
被告は、地方自治法上の普通地方公共団体である兵庫県伊丹市の市長である。
2 伊丹市は、昭和四七年から、「伊丹市教育環境保全のための建築等の規制条例」(昭和四七年伊丹市条例八号、但し、昭和六〇年条例一五号による改正後のもの、以下「教育環境保全条例」という。)及びその施行規則である「伊丹市教育環境保全のための建築等の規制条例施行規則」(昭和四七年伊丹市規則二九号、但し、昭和五五年規則一九号による改正後のもの、以下「教育環境保全条例施行規則」という。)を制定している。
3 原告は、本件建築予定地において、風俗営業であるパチンコ店を営むことを計画し、昭和六〇年五月二〇日(但し、被告の受理年月日は、同年五月二二日付けとなっている。)、被告に対し、本件建築予定地において、次の規模のパチンコ店舗を建築することについて、教育環境保全条例三条に基づき、建築同意申請(以下「第一回目の建築同意申請」という。)をした。
敷地面積
2867.91平方メートル
建築面積
1699.17平方メートル
延べ面積
3278.48平方メートル
階数 地上二階、地下一階高さ
地上9.68メートル、地下3.30メートル
構造 鉄骨造
これに対し、被告は、昭和六〇年七月二二日、原告の右第一回目の建築同意申請に対し、次の理由で、不同意処分をした。
① 本件建築予定地は、教育文化施設(伊丹市立図書館池尻分室・伊丹市共同利用施設若竹センター)、公園(伊丹市都市公園―花園公園)及び児童遊園地(伊丹市児童遊園地―池尻Ⅱ・若竹)の敷地の二〇〇メートルの区域内にあり、また通学路(伊丹市立花里小学校)の二〇メートルの区域内に位置し、教育環境保全条例四条一項本文に抵触する。
② 本件建築予定地は、都市計画法による準工業地域であるが、周囲は住居系地域に囲まれ、実態は住居地域の形態を形成しているので、善良な住民の生活環境及び青少年の健全な教育環境の保全上好ましくない。
4 そこで、原告は、昭和六一年三月一四日、被告に対し、本件建築予定地において、第一回目の建築同意申請に係るパチンコ店店舗を大幅に縮小した次の規模のパチンコ店店舗を建築することについて、教育環境保全条例三条に基づき、建築同意申請(以下「第二回目の建築同意申請」という。)をした。
敷地面積
1189.99平方メートル
建築面積
440.32平方メートル
延べ面積
430.545平方メートル
階数 地上一階
高さ 地上5.4メートル
構造 鉄骨造
これに対し、被告は、昭和六一年五月一〇日、原告の右第二回目の建築同意申請に対し、次の理由で、再び不同意処分(以下、この処分を「本件不同意処分」ということがある。)をした。
① 本件建築予定地は、教育文化施設(伊丹市立図書館池尻分室・伊丹市共同利用施設若竹センター)、公園(伊丹市都市公園―花園公園)及び児童遊園地(伊丹市児童遊園地―池尻Ⅱ・若竹)の敷地の二〇〇メートルの区域内にあり、また通学路(伊丹市立花里小学校)の二〇メートルの区域内に位置し、教育環境保全条例四条一項本文に抵触する。
② 本件建築予定地は、都市計画法による準工業地域であるが、周囲は住居系地域に囲まれ、実態は住居地域の形態を形成しているので、善良な住民の生活環境及び青少年の健全な教育環境の保全上好ましくない。
③ 原告の建築同意申請は、昭和六〇年五月二三日付けで申請のあった建築計画を縮小申請をしているが、前回の予定地と同一敷地内で計画しているものであり、教育環境上何ら従前と変わるものではない。
5 原告は、昭和六一年七月八日付けで、被告に対し、原告の第二回目の建築同意申請についての不同意処分に対し、異議申立てをしたところ、被告は、同年一〇月一日、原告の異議申立てを棄却した。
三本件の争点
1 (争点1)被告の不同意処分の法的根拠である教育環境保全条例が、財産権に対する制約を定めていることは、憲法二九条二項に違反しないか。
(一) 原告は、次のとおり主張する。
そもそも条例によって、財産権に対する制約を定めうるかという問題については、奈良県ため池保全条例事件についての最高裁判所昭和三八年六月二六日判決(刑集一七巻五号五二一頁)以来、議論があるが、学説としては、憲法二九条二項が「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と明言していることから、現在でもなおこれを消極に解するのが多数説である。
のみならず、右最高裁判決もこれを子細に検討すると、同判決がため池の堤とうの耕作を禁止した奈良県ため池保全条例の効力を認めた理由は、同条例による制限の内容が「科学的根拠に基づき、ため池の破損、決かいを招く原因となるものと判断した、ため池の堤とうに竹木若しくは農作物を植え……る行為を禁止」するものであり、かつ、「ため池の破損、決かいを招く原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法でも民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであって、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にあるというべく、したがって、これらの行為を条例をもって禁止、処罰しても憲法及び法律に抵触又はこれを逸脱するものとはいえない」という点に存し、その論旨は要するに、同条例の規制対象であるため池の堤とうの使用行為は、そもそも法律で認められた財産権の行使ではないから、これを条例によって制限しても、憲法及び法律には抵触せず、かつ、条例による制限の内容も「科学的根拠に基づき」危険性が判断された必要最小限の行使を禁止したものであるから、容認しうると判示しているのである。
したがって、右最高裁判決によるも条例による財産権の制約を一般的に肯定する趣旨であるとは到底解し難い。
しかるに、教育環境保全条例は、右の学説及び最高裁判決の内容を配慮することなく、条例をもって、憲法上、民法上、土地所有者の当然の権利行使として承認されている建物建築行為を極めて広範囲にわたって制約するものであり、この点だけを取り上げても憲法二九条二項に違反する違憲無効の条例である。
(二) これに対し、被告は、次のとおり主張する。
(1) 条例は、地方公共団体の自治権を構成する自治立法権に基づいて制定された自主法であり、その根拠は、憲法九四条及び地方自治法一四条にある。これにより、地方公共団体は、その地方自治事務に関して個別の法律の委任がなくとも、条例を独自に制定することができる。教育環境保全条例は、地方自治法二条三項一号、七号に該当する事務について制定されたものである。
憲法九四条に「法律の範囲内で条例を制定することができる。」というのは、「法律の委任に基づいて」というのと異なり、地方自治事務については、「法律に違反しない限り」条例を制定できる旨を規定したもので、条件付きで、自治立法としての条例の制定を地方自治体に憲法が包括的に授権しているのである。地方自治立法としての条例には、法律の個別的委任は不要であって、この点で、法律の委任に基づく委任立法でなければならない国の行政立法(政令、省令等)と異なる。
憲法が包括的に委任した条例制定権は、地方自治事務に関してであるという限界を持つが、自治体が憲法上予定されている地方自治の本来的目的を果たしうるように十分な範囲において保障されていると解せられる。そして、地方自治の本来的目的とは、住民生活に近接し住民自治を構成原理とする自治体により住民の生存権が現実に保障されていくことにほかならない。そのためには、住民の生活条件整備の自治体行政が積極的に行われなくてはならず、その根拠法としての条例が必要である場合が少なくない。
自治体が住民の生存権の現実的保障を必要最小限に果たすこと及びそのために必要な条例制定権は、憲法で直接に保障されており、住民の生活条件整備のために必要な行政及びそれに伴う条例制定権は、なるべく自治体の地方自治権に属するものと解することが、憲法上の「地方自治の本旨」に適うゆえんである。そこで、この見地から憲法の付属法律であるべき地方自治法を捉えると、同法は、右の憲法原理を踏まえて、住民の生活条件を整備するための行政を広汎に地方自治体の事務であると予定していると見られる。そして、自治体による住民生活条件整備行政には、非権力的な事業経営・給付行政にとどまらず、企業取締、土地利用規制等の権力行政も広く含まれており、地方議会の立法である条例の根拠を必要としている。
このように、自治体が条例制定権を持つ地方自治事務の範囲は、とりわけ住民生活条件整備行政に関しては、どこまで直接の憲法的保障を受けているかはともかく、憲法上の地方自治原理を踏まえた現行法制において一般に相当広汎であるというべきである。
(2) 日本国憲法下の地方公共団体は、行政一般について、権力行政についても権能を有するに至り、公共事務、委任事務のみならず、権力的な行政事務をも処理することとなった。その結果、地方公共団体は、単なる事業団体ではなく、いわば統治体となったのである。そして、条例は、広くそれら行政を授権し覊束する法となった。それゆえ、地方自治の場においては、条例は、法律と並ぶ(但し、法律の範囲内での)法源であるといえる。現行憲法下での「法律による行政」は、地方自治行政の領域では、条例による行政を包摂する。
ところで、財産権法定主義は、財産権の規制が、法治主義に基づいて、法律によってなされなければならないことを意味する。したがって、これは、財産権に特有の問題ではなく、基本権一般の問題である。とすれば、ここにおける財産権法定主義は、国の命令及び個別行為との関係の場におけるものであって、条例との関係におけるものではない。前述の日本国憲法下の法治行政原理における条例の地位からすれば、条例による基本権規制、したがって財産権規制は認められるものである。
憲法二九条一項において定められた財産権の不可侵は、同条二項において、近代的な不可侵性を意味するのではなく、現代的に変質すべきものとされたのである。したがって、憲法二九条二項で、「法律でこれを定める」という場合、それは、財産権の現代的性質の表現であって、決して条例による定めを排する趣旨ではない。
もっとも、全国一律にのみ定められるべき財産権の内容については、それを条例で定めることはできないが、それは条例制定権に内在する事項的限界に基づくものであって、直ちに憲法二九条二項によるものではない。それゆえ、条例制定権は、それに内在する事項的限界を超えて、憲法二九条二項の制約を受けるわけではない。
風俗営業規制の場合、良好な生活環境の整備という住民の生存権の保障という観点からすれば、積極行政であり、そのための財産権の規制は立法政策の問題であり、条例による規制が裁量権の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白でない限り、右規制は憲法には違反しない。
2 (争点2)教育環境保全条例による規制と「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(昭和二三年法一二二号、但し、昭和五九年法七六号による改正後のもの、以下「風営法」という。)及び同法に基づく兵庫県の「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例」(昭和三九年兵庫県条例五五号、但し、昭和五九年兵庫県条例三五号による改正後のもの、以下「風営法施行条例」という。)による規制は、同一の目的を有するものか。また、教育環境保全条例がこれらの法令の定める規制の範囲を超えて法的規制を定めていることは憲法に違反しないか。
(一) 原告は、次のとおり主張する。
風俗営業の規制による青少年の教育環境の保全については、既に風営法とその委任に基づく風営法施行条例による規制が行われており、風俗営業を営もうとする者は風俗営業の種別に応じて、営業所ごとに、当該営業所の所在地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けなければならない(風営法三条一項)ところ、風営法四条二項とその委任に基づく風営法施行条例四条一項によれば、都市計画法上の第二種地域に該当する本件建築予定地の場合、そこでのパチンコ店営業について風営法三条一項所定の許可(公安委員会による風俗営業の許可)を受けるためには、その所在地が学校、図書館又は保育所の敷地から一〇〇メートル以内の地域に属するものであってはならないが、これを超える地域に位置するものであれば許可されることになっている。
ところが、教育環境保全条例は、これらの法令の下位規範に過ぎない市条例でありながら、これらの法令と同一の目的の下に、これらの法令の定める右の規制の範囲を超えて、風俗営業を営もうとする者に対し、一層広範な規制を課しているものである。すなわち、風俗営業を目的とする建築物を建築(増築、改築又は用途変更を含む。)しようとする者は、あらかじめ、市長にその建築の同意を得なければならないとしたうえ(教育環境保全条例三条)、教育環境保全条例四条一項とそれに基づく教育環境保全条例施行規則三条により、学校、公民館、図書館、博物館、文化会館その他これらに類する集会の用に供する公の施設、公園、児童遊園地又は児童福祉施設等の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲二〇〇メートルの区域内、通学路の両側それぞれ二〇メートルの区域内及びその他市長が教育環境保全のため必要と認める場所については、市長は、青少年の教育環境保全の目的に反しないと認められる場合を除き、原則として建築の同意をしないという極めて厳しい制限を課している。
ところで、憲法九四条は、条例制定権の範囲について、「地方公共団体は、……法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定め、地方自治法一四条一項はこれを受けて、「普通地方公共団体は、法令に反しない限りにおいて、第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。」との規定を置いている。
そして、条例が法令の範囲内にあるかどうかの判断に関しては、徳島市公安条例事件についての最高裁判所昭和五〇年九月一〇日判決(刑集二九巻八号四八九頁)があり、「条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない。……特定の事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、……両者が同一の目的に出たものであっても、国の法令が必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例の間にはなんらの矛盾はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じえないのである。」と判示している。
そして、右判決の基準と軌を一にして、風営法は、その目的を実現するために「地方の実情」に応じた規制が必要であるとの観点から、明文の規定(風営法四条二項二号、一三条一項、二項、一五条、二一条、二八条一項、二項、四項)をもってその細則の定めを都道府県条例に委ねることにしているのであって、風営法がこのように地方の実情に応じた風俗営業の規制を都道府県条例に委ねる趣旨を明言している以上、市町村条例によって、風俗営業に対し、これと矛盾する規制を課することは許容される余地のないものであることは明らかである。
したがって、教育環境保全条例は、この点においても、憲法九四条一項、地方自治法一四条一項、風営法三条一項、四条二項、風営法施行条例四条一項の各規定に違反する違憲、違法の条例である。
(二) これに対し、被告は、次のとおり主張する。
(1) 原告の見解は、条例制定権に関する考え方のうち、「法律先占論」という古い学説にたつものであり、現在では、その考え方をそのままとる学者はいないし、判例もそのような考え方には立っていない。
風営法が各都道府県条例に地方の実情に応じた風俗営業の規制を委ねているとしても、風営法自身が、国全体からみたナショナル・ミニマムとしての風俗営業規制を意図する、いわゆる「最低基準法律」である。
したがって、その施行条例も、国の最低基準の規制を行う範囲において都道府県条例に委任したに過ぎないから、伊丹市において、その実情に応じた規制を条例で定めることを排除するものではない。現に、同種の市条例は、全国に多数存在する。
原告は、教育環境保全条例と改正された風営法及び同法施行条例とは同一目的のものであるという前提にたっているが、両法令の制定の経過、趣旨に照らして考えると、改正風営法は、教育環境保全条例の目的を部分的に取り入れたものに過ぎない。
仮に教育環境保全条例と改正風営法の目的が同一であるとしても、改正前の風営法では、伊丹市の実情に即しない場合は、伊丹市の条例によって、合理的な規制を加えることができる。そして、教育環境保全条例は、その立法政策の範囲内にあり、その規制が裁量権の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが一見明白でない限り、右規制は憲法に違反しない。
(2) 教育環境保全条例と改正風営法及び同法施行条例の目的の相違点
ア 教育環境保全条例の目的
右条例は、旅館、風俗営業を目的とする建築物の建築及び有害広告物の規制によって青少年の健全な育成を図るため「建築規制」をすることを大目的としている点で、いわゆる青少年保護条例の一種である。そして、その保護法益は「教育環境の保全」であり、「青少年の健全な育成」という積極的な理念を掲げている。その意味で、社会政策ないし教育政策的な見地から「良好な教育環境の保全」を目的としているということができる。
また、右条例が制定された昭和四七年三月三一日と時を同じくして同年四月一日に制定された伊丹市基本構想は、「Ⅳ伊丹市の将来像」として、「自然的、社会的条件を十分に生かした個性のある住宅都市である。」とし、「つぎの条件を備えた調和のとれた住宅都市である。」と述べ、その条件の4に「健全な人が育つ住宅都市」として、「学校教育と社会教育を一貫とした生涯教育の教育環境と、健康保持のための保健体制が整備された、心身ともに健全な人が育つ住宅都市」としている。教育環境保全条例は、この構想を受けて、「心身ともに健全な青少年の教育環境を保全」することと、そのための街づくり的観点を含めて制定されたものである。
イ 改正風営法及び同法施行条例の性格
風営法は、もともと守備範囲の限られた法律であり、制定当初の立法趣旨は、風俗犯罪の予防の目的のために必要な最小限度の行政権限を行使しようとするものであった。しかし、度重なる改正によって守備範囲を広げ、それに伴って行政警察の活動範囲も急速に広められることになり、風俗犯罪の防止、青少年の非行・不良化防止、風俗環境の浄化という三つの目的を持つことになった。そして、この目的に沿った行政権限が警察機関に付与されることになった。
このような風営法による警察規制は、国家公安委員会の定める規制基準に基づき都道府県公安委員会が行う点で、中央集権的警察権力の肥大を招き、憲法の保障する法定手続の保障と基本的人権を侵す危険性が極めて大きいとの批判があった。そして、この批判論は、風営法に基づく警察の規制活動を、犯罪を防止し市民生活の安全を守るというその基本的な役割の範囲内に限ることを要求し、風俗営業の規制は、地域の特質に応じた市町村の条例や市民運動、地域住民活動によって、総合的に住みよい良好な環境づくり(街づくり)として行われるべきものとしている。したがって、風営法は、「最小限法律」と解すべきであって、良好な教育環境や風俗環境は、条例によって制定することも可能と解される。
ウ 風営法及び同法施行条例の目的
風営法一条は、その目的について、「この法律は、善良な風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため、風俗営業及び風俗関連営業等について、営業時間、営業区域等を制限し、及び年少者をこれらの営業所に立入らせること等を規制するとともに、風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正化を促進する等の措置を講ずることを目的とする。」と定めている。
右前段の目的は、「風俗環境の保持」と「少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止」するため、一定の行為基準を定めて取り締まる「営業規制」をすることである。
右にいう少年の健全な育成に「障害を及ぼす行為を防止」とは、消極的警察規制を指すものであって、教育環境保全条例のような、街づくり的観点をも含んだ「教育環境の保全」という、社会政策的、積極的行政のための規制とは性格を異にする。したがって、教育環境保全条例には、「障害を及ぼす行為を防止」という用語は使用されていない。また、教育環境保全条例が「青少年の」という用語を用い、風営法の「少年の」という用語より対象を広げているのも、右のような特質に基づくものである。さらに、教育環境保全条例が「建築規制」を目的とする点で、「営業規制」を目的とする風営法と異なる。
兵庫県風営法施行条例も、その第一条において、「この条例は、風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律の施行に関して必要な事項を定めるものとする。」と規定し、その目的は風営法と同一である。
以上述べたように、教育環境保全条例は、風営法とは異なる目的、異なる観点から「建築規制」を行うことを規制するものであるから、営業規制をする同法及び同法施行条例には何ら違反しない。
(3) 伊丹市の実情からする教育環境保全条例制定の合理性
ア 以上述べたように、教育環境保全条例は、風営法とは目的、規制方法等を異にするものであるが、仮に、両者が同一の目的であるとしても、以下に述べる伊丹市の実情からして、条例によって風営法の規制以上の規制をすることについて合理性がある。
特に、教育環境保全条例の目的は、「街づくり的観点」から、「健全な青少年の育成」「教育環境の保全」という社会政策的積極的規制である点において、制定権者の裁量が広く認められ、比較的広範囲な規制が許容される。したがって、一見、明白にして著しく不合理でない限り教育環境保全条例は適法である。
イ 伊丹市の都市政策の基本構想と基本計画
伊丹市が昭和四七年四月に制定した「伊丹市基本構想」は、「人間としての豊かな生活を営むことができる伊丹市」をいかに実現し、保障するかという観点に立ち、伊丹市の将来像を「自然的、社会的条件を十分に生かした個性のある住宅都市である。」とした。
これに対し、昭和五六年に制定された基本構想は、「歴史を今に生かす市民文化都市」としている。その施策の大綱(1)<土地利用と住宅及び市街地の整備>の項では、「調和のとれた土地利用計画のもとに、ゆとりのある良好な住宅、住環境を確保し、快適なまちづくりをめざす。(中略)①市の中心部及びその周辺に広がる住居系地域については、人口密度を考慮して住環境を整備し、北部・西部地区の住居系地域については、つとめて住宅地としての専用化の方向で住環境を保全する。②住宅については、土地利用の適正な制限のもとに、自然の確保など住宅をとりまく環境の改善につとめ、……(後略)」とし、大綱の(3)<社会教育の充実>の項では、「家庭、学校、地域社会の相互協力のもとに健全な青少年の育成を図る。」としている。
ウ 伊丹市における用途地域特に準工業地域の特質
伊丹市の都市計画法上の地域・地区を見ると、大規模な工業地域、準工業地域は市域の東側に偏在しているが、市の中心部及び西側には、小規模の準工業地域が第一種・第二種住居専用地域及び住居地域に囲まれて存在しており、これが用途地域の純化という面から問題となっている。すなわち、準工業地域の中に多くの住居が存在し、また、準工業地域の周辺も良好な住宅街であるところが多いので、公害問題や地域の環境阻害の原因となっている。
本件建築予定地も準工業地域であるが、周囲は第二種住居専用地域に囲まれており、かつ準工業地域の中にも多くの住居が存在している。
そこで、伊丹市としては、住宅都市という観点から、前記基本構想、基本計画に基づき、これらの住居系地域の中に点在する工業、準工業地域については、順次、住居系地域に変更する方向で考えている。特に、準工業地域は、住居と工場が混在する地域であるので、工場等が立ち退いた後は、住居系地域に変更する計画である。
エ 伊丹市の地域の特質及び市の基本政策と条例制定の合理性
風営法四条二項は、風俗営業の許可基準として、「営業所が良好な風俗環境を保全するため特にその設置を制限する必要があるものとして政令で定める基準に従い都道府県の条例で定める地域内にあるとき」は、許可をしてはならないと規定する。
これに基づいて、兵庫県の風営法施行条例四条一項(1)は、右地域を一種地域すなわち第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び住居地域と定めており、準工業地域は除外されている。
一般に、都市計画法の用途地域としての地域・地区は、都市計画の見地のみから指定されており、しかも全国的に見れば、準工業地域に指定されているところの実態は工業地域に等しいところもあれば、住居地域に等しいところもあり、このような都市計画法上の地域・地区をもって、風俗環境を維持するための許可基準とすることは、地域の実情を無視することにもなり、必ずしも適切ではない。しかし、これに代わる適切な、全国的に共通な基準もないので、やむなく全国の都道府県の施行条例は、兵庫県と同様の地域・地区をもって、許可できない地域としているのである。
したがって、市町村の地域・地区の実情が本来風俗環境を保全すべき地域と考えられるのに、許可できない地域に当たらないという理由で風俗営業が許可されることは、法の精神にも反することになる。
そこで、このような場合、市町村の条例をもって、地域の実情に即して、県の施行条例が定める地域以外の地域についても、不許可等の規制をすることには合理性がある。
また、風俗環境保全の観点のみならず、教育環境保全の観点からも、風営法施行条例が定める地域以外の地域についても、これを規制することには合理性がある。すなわち、伊丹市においては、既に述べたように、住居系地域に囲まれた中に工業系地域がある。そして、その工業系地域に隣接して学校があるところが多く、その場合、工業系地域の中に通学道路が多く存在し、学生、生徒、児童、幼児はそれを通って通学しており、学校によっては、集団登校、下校を行っている。そのような地域で、朝から働きもせず、射幸的な遊戯にふける姿をこれらの学生、生徒等の目にさらすことは、教育環境を阻害するものであり、これを一定の制限を定めて規制することには合理性がある。
特に準工業地域については、これを次第に住居系地域に指定変更しようという政策を持っている伊丹市においては、準工業地域においては、風俗営業を抑制する必要性が街づくり的観点からも存在する。
(4) 教育環境保全条例の規制方法の合理性
ア 規制地域の限定
以上述べたように、伊丹市地域の特殊性からすると、準工業地域の全部や工業地域の一部を一般的に不同意地域として規制することも可能であるが、教育環境保全条例は、これをさらに、より限定して、四条一項(1)及び(2)で明確に建築の不同意地域を限定している。
但し、同項の但し書で、右に該当する場合でも、同条例一条の目的に反しないと認められるときは、同条二項により、教育環境審査会に諮らなければならないと規定している。そして、その際は建築に利害関係を有する者の出席を求めて公開の聴聞を行わなければならないと規定している(六条)。右の運用としては、商業地域内での申請については、この但し書を適用して審査会に諮り、公開の聴聞を経て同意している。
したがって、実際に不同意となる地域は、近隣商業地域、準工業地域及び工業地域内で、かつ教育環境保全条例四条一項に該当する地域に限定されているし、右地域内でも、同項但し書により同意される場合があるのは前述のとおりである。
このように、教育環境保全条例が不同意の対象としている地域は、極めて限定的であり、伊丹市の実態と教育環境政策に即しているのである。
イ 教育環境保全条例の制裁
右条例は、条例による建築の同意を得ないで建築する建築主に対しては、その建築物の建築の中止を市長が命ずることができると規定している(八条)が、これが不同意建築物に対する唯一の制裁である。
この中止命令に従わないとき、市長は、工事中止の仮処分命令の申請を裁判所にすることによって、その目的を達することになる。風営法では、無許可営業に対しては、一年以下の懲役若しくは五〇万円以下の罰金を科すとしているが、教育環境保全条例では、何ら罰則規定を置いていない。この点からも、右条例の規制は、合理性があるといえる。
(5) 本件建築予定地の実態と本件不同意処分の具体的合理性
ア 本件建築予定地付近の実態
本件建築予定地は、伊丹市の市域の西部地区に位置する準工業地域にある。右準工業地域の面積は、極めて狭小で、三方は広大な第二種住居専用地域に取り囲まれ、西側は住居地域であり、そのすぐ西側も広大な第二種住居専用地域である。そして、右地域の南の境界に接して花里小学校があり、本件建築予定地の三〇〇メートル北側には兵庫県立伊丹西高等学校がある。
本件建築予定地の北側入口に面する道路は、花里小学校の通学路に指定されていて、さらにその北側は、閑静で良好な一戸建の住宅街が続いている。また、本件建築予定地の周囲二〇〇メートルの区域内には、教育環境保全条例四条に規定する保護対象施設が多数存在する。
以上に明らかなように、本件建築予定地は、準工業地域の最北端に位置し、北側と東側は第二種住居専用地域、西側は住居地域に囲まれていて、実質的には第二種住居専用地域の性格を有するものである。また、本件建築予定地が属する準工業地域には、工場が立ち退いた後に、住宅が建っており、特に「スワンハイム昆陽」は巨大なマンションであり、その東側には花里公園が存在する。今後、この地域に工場が立地する気配はなく、住宅が増加する傾向にある。
したがって、伊丹市としては、同地域から工場が撤退した場合には、同地域を住居系の地区に指定換えする方針をとっている。
以上のとおり、本件建築予定地は、風営法の営業許可がされない第二種専用地域の実態を有しているのであり、かつ教育環境保全条例四条一項(1)、(2)の区域内に位置する。
このような点から、教育環境の保全の見地から建築の不同意をした本件処分は適法である。
イ 本件建築予定地周辺地域の住民、自治会の意見
本件の建築に対しては、本件建築予定地の周辺の自治会住民、PTA、社会福祉協議会等合計四五八二名にのぼる建築同意申請に対する反対陳情書が市長に提出されている。これらの住民は、単に形式的に署名したのではなく、原告のパチンコ店進出に危機感を抱いていたことは、各自治会の要所に本件のパチンコ店建築絶対反対等の看板が十数箇所にわたって立ててあったことからも明らかである。
3 (争点3)本件不同意処分は、本件の具体的事実関係の下で適法か。
第三争点に対する判断
一1 証拠によれば、本件建築予定地をめぐる状況について、次の各事実が認められる。
(一) 伊丹市は、昭和四七年四月、「伊丹市基本構想」を議会の議決を経たうえ、制定した。右基本構想は、同市がこれから実施していくあらゆる施策の方向づけを示すものであり、その中で、同市が最大に払わなければならない努力として、「人間としての豊かな生活を営むことができる伊丹市」をいかに実現し、保障するかということを掲げていた。そして、当時の伊丹市が、阪神間の住宅都市であるとともに、工業都市的性格をもった都市であると認めたうえで、同市の将来像を、「自然的、社会的条件を十分に生かした個性のある住宅都市」であるとし、豊かな住宅都市とするための施策として、工業について、「工業地域の基盤整備をはかるとともに、住居地域、商業地域内にある既存の工場は、順次、工業地域に移転統合する。なお、生活環境保全のため、産業公害の発生源となるような工場の新設、拡張は抑制する。」ことを打ち出していた。なお、本件の教育環境保全条例は、右基本構想の策定とほぼ時期を同じくする昭和四七年三月に公布され、同年四月一日から施行されたものである。(<書証番号略>)
さらに、伊丹市は、昭和五六年に、右基本構想の見直しを行い、「伊丹市総合計画」を策定した。そこでは、同市の将来像を「歴史を今に生かす市民文化都市」とし、その将来像を実現するための施策のうち、<土地利用と住宅及び市街地の整備>の項において、「調和のとれた土地利用計画のもとに、ゆとりのある良好な住宅、住環境を確保し、快適なまちづくりをめざす。」としたうえで、具体的な「まちづくり」の内容として、「①市の中心部およびその周辺に広がる住居系地域については、人口密度を考慮して住環境を整備し、北部・中部地区の住居系地域については、つとめて住宅地としての専用化の方向で住環境を保全する。」こと、また、<社会教育の充実>の項では、「家庭、学校、地域社会の相互協力のもとに健全な青少年の育成をはかる。」としていた。(<書証番号略>)
(二) 伊丹市における都市計画法に基づく用途地域をみると、大規模な工業地域及び準工業地域は、大阪国際空港を含む市域の東部に存在しており、市の中央部及び西部のほとんどは、第一種住居専用地域・第二種住居専用地域・住居地域等の住居系地域で占められ、その中に、面積としては中規模から小規模の工業地域及び準工業地域が住居系地域に囲まれて存在している。なお、市の中心部には、近隣商業地域及び商業地域も一部存在している。(<書証番号略>)
伊丹市では、原則として五年毎に用途地域の見直しをし、決定権者である兵庫県知事に見直し案を提出しているが、その際、住宅都市を目指した前記基本構想及び総合計画に基づき、特に、工業系の地域を住居系の地域に変更することを検討しており、昭和五八年の見直しの際には、工場が移転した跡地にマンション等の住宅が建設されるなどの事情が認められた場合には、その敷地を含む地域について、住居系の地域に変更した例が数件あった。また、その後も引き続き、見直し作業を行っており、昭和六三年の見直し作業においても、工業系地域から住居系地域への変更する地域が数か所対象とされた。本件建築予定地を含む準工業地域として指定されている地域のうち、工場が立ち退いてマンションが建設されまた公園が設置された区域についても一部住居系の地域に変更する旨の案が出されている。ただ、住居が増加しつつあり、住居数が工場数よりも多数を占めるようになった地域について、用途地域の指定を全て工業系地域から住居系地域に変更することは、当該地域に若干でも既設の工場が立ち退かない限り困難であり、伊丹市としても、市の中央部から西部にかけて点在する工業系の地域を直ちに住居系の地域に変更することまでは考えていない。(<書証番号略>、証人蓮池弘)
(三) 本件建築予定地は、同市の西部に位置し、その用途地域は現在準工業地域に指定されているが、その準工業地域の面積は、それほど広いものではなく、西側を除く三方を広大な第二種住居専用地域に取り囲まれ、西側は、県道沿いの住居地域に接し、さらにその西側は広大な第二種住居専用地域である。本件建築予定地自体、準工業地域に指定された区域の最北端に位置し、北側と東側は第二種住居専用地域であり、西側は県道沿いの住居地域である。本件建築予定地を含む準工業地域の中には、工場が立ち退いた跡地に戸数一二〇戸のマンション「スワンハイム昆陽」が建設された土地が含まれているほか、相当数の住宅が建設されてきており、またその東側は伊丹市が設置した花里公園が存在している。(<書証番号略>)
本件建築予定地をさらに具体的にみると、その東側は空地になっており、南側はナショナルクラウン伊丹工場、西側は店舗及び駐車場を経て県道尼崎宝塚線に隣接し、北側は住宅密集地となっている。(<書証番号略>)
(四) 本件建築予定地から二〇〇メートルの範囲内には、教育環境保全条例四条に規定する保護対象施設として、教育文化施設である伊丹市共同利用施設若竹センター、児童遊園地である池尻Ⅱ及び若竹各児童遊園地、都市公園である花里公園が存在している。
また、右二〇〇メートルの範囲内ではないが、本件建築予定地の南約二五〇メートルには、伊丹市立花里小学校が、東約三〇〇メートルには学校法人西伊丹幼稚園が、東北約三〇〇メートルには兵庫県立伊丹西高等学校が、それぞれ存在している。そして、本件建築予定地の北側に面する道路は、花里小学校の通学路に指定されているほか、本件建築予定地の二〇〇メートル以内には、同小学校、伊丹市立花里幼稚園、伊丹市立松崎中学校、伊丹西高等学校及び西伊丹幼稚園の通学路に指定されている道路が数本存在する。右各学校は、主に住居系地域に位置しているが、これらの通学路は、住居系地域のみならず、準工業地域の中をも通じている。(<書証番号略>、証人小西誠)
(五) 兵庫県内には、伊丹市と同様に、一定の地域における風俗営業に関する建築物の建築については、市町村長の事前の同意を要するとして、風営法及び同法施行条例の規制を超える規制を課している市町村は相当数存する。(<書証番号略>)
2 前記争いがない事実に、証拠によれば、原告の本件の申請に至るまでの経過として、次の各事実が認められる。
(一) 原告は、昭和五九年一二月一九日、被告に対し、教育環境保全条例に基づき、本件建築予定地にパチンコ店を建設するための、建築同意申請をした。
しかし、原告は、昭和六〇年二月四日、申請計画に変更が生じたとして、右申請を取り下げた。(<書証番号略>)
(二) 原告は、同年五月二一日、被告に対し、事業規模を拡大したうえで、同様に建築同意申請をし、同月二三日、被告は、これを受理した。
伊丹市の担当職員は、申請書添付の書類を審査するとともに、現地での調査を実施し、また、地元自治会からの意見聴取を行い、かつ同市の関係部局からの意見を聴取した。(<書証番号略>)
(三) 同年六月から七月にかけて、原告によるパチンコ店建設計画を知った地元住民から建設に対する反対運動が起こり、各自治会名で、伊丹市に対して、パチンコ店建築反対の陳情書が住民の署名を添えて提出された。伊丹市に提出された地元住民の反対署名は、合計四五八二名に達した。(<書証番号略>)
(四) 被告は、右申請に対して、慎重を期するため、伊丹市教育環境審査会を開催し、その意見を聴取した。審査会では、原告の申請に対して、教育環境保全条例四条一項本文に抵触するとの意見が出された。(<書証番号略>)
(五) そこで、被告は、右審査会の意見も考慮に入れたうえで、同年七月二二日、建築予定地は教育文化施設(伊丹市立図書館池尻分室・伊丹市共同利用施設若竹センター)・公園(伊丹市都市公園―花里公園)及び児童遊園地(伊丹市児童遊園地―池尻Ⅱ・若竹)の敷地の二〇〇メートルの区域内にあり、また通学路(伊丹市立花里小学校)の二〇メートルの区域内に位置し、教育環境保全条例四条一項本文に抵触すること、建築予定地は、都市計画法による準工業地域であるが、周囲は住居系地域に囲まれ、実態は住居地域の形態を形成しているので、善良な住民の生活環境及び青少年の健全な教育環境の保全上好ましくないとの理由で、原告の申請に対し、不同意処分をした。(<書証番号略>)
(六) 原告は、昭和六一年三月一四日、被告に対し、パチンコ店の敷地面積を大幅に縮小して同様に建築同意申請をした。
伊丹市職員は、前と同様にして、現地を訪れ、地元自治会の意見を聴取し、前回の申請以後の状況の変化等につき調査を行った。
そして、同年四月二四日、教育環境審査会を開き、その意見を聴取したところ、前回と同様に、①建築予定地は教育文化施設(伊丹市立図書館池尻分室・伊丹市共同利用施設若竹センター)・公園(伊丹市都市公園―花里公園)及び児童遊園地(伊丹市児童遊園地―池尻Ⅱ・若竹)の敷地の二〇〇メートルの区域内にあり、また通学路(伊丹市立花里小学校)の二〇メートルの区域内に位置し、教育環境保全条例四条一項本文に抵触すること、②建築予定地は、都市計画法による準工業地域であるが、周囲は住居系地域に囲まれ、実態は住居地域の形態を形成しているので、善良な住民の生活環境及び青少年の健全な教育環境の保全上好ましくないこと、③本申請は、昭和六〇年五月二三日付けで申請のあった建築計画を縮小し申請をしているが、前回の建築予定地と同一敷地内で計画しているものであり、教育環境上何ら従前と変わるものではないこと、以上のことを総合的に考慮すると、本申請は教育環境保全条例四条一項但し書を適用するに至らないと思われること、という意見が出された。(<書証番号略>)
(七) これを受けて、被告は、同年五月一〇日、右審査会の意見と同一内容の理由で、原告の申請に対し、不同意とする処分をした。(<書証番号略>)
二条例による財産権の制約は憲法二九条二項に違反するか
1 憲法九四条は、「地方公共団体は、……法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定め、また、地方自治法一四条一項も、「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて同条二項の事務に関し、条例を制定することができる。」と定めている。右各規定は、条例制定権の根拠であるとともに、その範囲と限界を定めるものであるから、普通地方公共団体は、法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例を制定することは許されず、そのような法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例は、条例としての効力を有しないことは明らかである。
そして、ある条例が国の法令に反するかどうかは、単に、両者の対象事項と規定文言を対比するのみではなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない。
2 本件は、原告がその所有する本件建築予定地上にパチンコ店舗を建築することを計画し、右建築について、被告に対し、伊丹市の教育環境保全条例に基づき、建築同意申請をしたのに対し、被告が、右建築は同条例に定める教育文化施設等から二〇〇メートルの区域内にあり、かつ通学路の二〇メートルの区域内に位置し、同条例四条一項本文に抵触するとして、不同意処分をしたものであり、伊丹市の教育環境保全条例に基づく被告の不同意処分により、所有する本件土地上に建物を建築するという原告の財産権の行使が不可能となったのであるから、まさしく条例による財産権の制約に関する問題であるということができる。
ところで、右財産権に関して、憲法二九条二項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定している。しかし、原告が主張するように、右の字句通り、財産権の内容を規制するためには、必ず、法律のみによらなければならないと解するのは相当ではなく、憲法の地方自治の本旨に則り、法律に準じた地位が与えられている条例により、公共の福祉による内在的制約を受ける財産権について、各地方公共団体の実情に応じて規制を定めることは、憲法上も許容されているものと解することができる。むろん、条例により財産権に対して規制をすることが無制限に認められているものではなく、要は、憲法の定める地方自治の本旨と財産権の保障の原理に基づき、条例により制限された財産権について、具体的な制限の内容、程度等が検討されなければならないのである。
3 したがって、本件の教育環境保全条例が財産権に関する制約を定めたもので、財産権の制約を法律のみによるとした憲法二九条二項に反するという原告の主張は採用することができない。
三教育環境保全条例と風営法及び同法施行条例との関係について
1 本件不同意処分の根拠条例である伊丹市における教育環境保全条例についてみると、同条例の目的について、同条例一条は、「この条例は、青少年の健全な育成を図るため、教育環境を阻害するおそれのある建築物の建築等を規制することにより、教育環境の保全に資することを目的とする。」と規定し、その目的を達成するために、旅館業、風俗営業を目的とする建築物を建築しようとする者は、あらかじめ市長にその建築の同意を得ることを必要とすることとする(同条例三条)ほか、有害広告物の内容の変更もしくは撤去を命ずることができる(同五条)旨を定めている(<書証番号略>)。したがって、右条例は、旅館、風俗営業を目的とする建築物について、青少年の健全な育成を図るため、建築規制をすることを主目的とするもので、いわば青少年のために良好な教育環境を保持しようとする目的で制定された条例であるということができる。
そして、前記認定のとおり、教育環境保全条例が制定された昭和四七年に、伊丹市では、時期を同じくして、市の基本構想を制定し、良好な環境の下での豊かな住宅都市の建設という市の将来像を提唱したこととあいまって、右条例の制定の意図、目的を推認することができる。
2 ところで、パチンコ店を含むいわゆる風俗営業に関しては、風営法もこれを規制している。同法一条では、同法の目的について、「この法律は、善良な風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため、風俗営業及び風俗関連営業等について、営業時間、営業区域等を制限し、及び年少者をこれらの営業所に立入らせること等を規制するとともに、風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正化を促進する等の措置を講ずることを目的とする。」と定めている。右目的規定は、昭和五九年法律七六号により、それまでの「風俗営業等取締法」から「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」と法律の題名が変更されるとともに、改正された法律において、初めて置かれたものである。同法は、昭和二三年に制定された後に数次の改正により多元化してきたその目的に関し、昭和五九年の改正において、①善良な風俗の保持、②清浄な風俗環境の保持、③少年の健全な育成に障害を及ぼす行為の防止、の三点を中心とし、これに必要な規制を加えることを明確にするとともに、同時に、風俗営業については、その営業が適正に行われる限り、国民の健全な娯楽に寄与するものであることから、「風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正化を促進する等の措置を講ずる」という積極的な目的を新たに掲げたものである。
そして、同法は、パチンコ店等の風俗営業に関する規制内容について、「風俗営業を営もうとする者は、風俗営業の種別に応じて、営業所ごとに、当該営業所の所在地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けなければならない。」(同法三条)と定めている。
なお、風営法を受けて制定された兵庫県風営法施行条例も、その一条において、「この条例は、風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律の施行に関して必要な事項を定めるものとする。」と規定していて(<書証番号略>)、その目的は、風営法と全く同一である。
3 右にみたとおり、伊丹市の青少年の健全な育成を目的とし、良好な教育環境を阻害するおそれのある風俗営業等に関する建築物の建築規制を目的として、昭和四七年に制定された教育環境保全条例と、昭和二三年に制定された後に多元化してきた法目的につき、昭和五九年の改正において、善良な風俗及び風俗環境の保持と少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止し、風俗営業の規制を図るという目的を明確にした風営法及び同法に基づく兵庫県の施行条例との間においては、制定の過程からみても、その目的において、共通する面が認められるものの、重ならない面もあり、また、その規制方法においても、両者の間には、大きな差異があると認められる。すなわち、風営法及びそれに基づく風営法施行条例は、風俗営業に関する規制及びその適正化に主要な目的があると認められるのに対し、伊丹市の教育環境保全条例は、良好な教育環境の保持を目的と、するもので、いわば、伊丹市の豊かな街づくりを目指す施策に深く関係し、その一貫として、制定されたものという位置づけができる条例であり、その狙いとしているところには、顕著な差があると認められる。そして、その規制方法についても、教育環境保全条例は、右の街づくりに関連するという観点から、建築物の建築規制という方法を採用しており、営業規制という手法をとる風営法とは、著しい違いがある。したがって、教育環境保全条例と、風営法及びそれに基づく風営法施行条例とは、その目的、規制方法を異にするものであり、かつ、教育環境保全条例の適用によって、風営法が規定する目的と効果をなんら阻害するものではないといわなければならない。
4 また、伊丹市の教育環境保全条例と、風営法及びその施行条例との間において、共通する面があったとしても、地方自治の本旨に則り、地方公共団体の事務に属する街づくり政策の一貫として、良好な環境の下での豊かな住宅都市の建設を目的とする施策の一貫として制定され運用されている教育環境保全条例は、それ自体、行政目的を有するものであるということができるから、これについて、風営法及び同法施行条例と重複する二重の規制であるとして、直ちに違憲、違法となるものではないことは明らかである。
5 風営法四条二項は、風俗営業の許可基準について、「営業所が良好な風俗環境を保全するため特にその設置を制限する必要があるものとして政令で定める基準に従い都道府県の条例で定める地域内にあるとき」は、許可をしてはならないと規定している。これに基づいて、兵庫県の風営法施行条例四条一項(1)は、右地域を同条例でいう第一種地域すなわち都市計画法上の第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び住居地域(但し、一般国道、主要県道、主要市道の側端から三〇メートル以内の住居地域で、良好な風俗環境を保全するために特に支障がないと公安委員会規則で定めるものを除く。)と定めており、その他の地域、例えば、準工業地域等は、風俗営業の禁止される地域から除外されている。したがって、風営法及び同法に基づく施行条例で定める他の要件を充たせば、風営法上は、準工業地域等において風俗営業を営むことが可能である。
6 しかし、第一種住居専用地域等の用途地域は、都市計画法に基づいて指定されているものであり、当然のことながら、一般的に、都市計画の見地から指定されており、風俗環境の保持という観点からみると、右用途地域の区分に応じて、機械的に風俗営業の規制の対象とするか否かを分けることが、必ずしも相当と言えない点があることは否定できない。すなわち、前記一に認定したとおり、本件建築予定地は準工業地域に指定されているものの、その地域はさほど広いものではなく、周辺を広大な住居系の地域に囲まれており、かつその準工業地域内にも中高層マンションを初めとする多くの住居が存在していること、伊丹市では、豊かな住宅都市の建設を目指すという目標の下、市全域において新たな工場の立地を制限する方針であり、また既存の工場が撤退した跡地には、マンション等の住宅が建築されていること、但し、地域内に既設の工場が残存しているために、直ちに工業系の地域を住居系の地域に用途地域の指定を変更しようとすることは困難であること等の事情からも明らかなように、都市計画法に基づいて指定されている地域の内、準工業地域の中には、その実態をみると、住居地域に等しいと評価できる地域もあると推認することが十分可能であり、現在の用途地域の区分のみに従い、住居系地域については規制をすることができるが、工業系地域は規制できないということになると、地域の実情に適合しない点が出てくることがある。
ただ、地域を区分する適切な指標が他に見当たらないため、各都道府県の風営法施行条例は、都市計画法に基づく地域の種別をもって、風営法上も、規制地域とするか否かの区分をしているのである。
したがって、以上に述べたところによれば、各市町村において、各地域の実情に応じた風俗環境を保持するために、地域の状況に即して、都道府県が定める地域以外の地域においても、その公共団体の立法手段である条例をもって、同様に規制をすることは、十分合理性が認められるものであって、かつ風営法及び同法に基づく条例に反するものではないといわなければならない。
7 また、伊丹市の教育環境保全条例では、単に風俗環境の保持という観点のみならず、青少年の健全な育成を図るための教育環境を保全するという観点から、風営法施行条例が規制の対象としている地域以外の地域についても、規制の対象地域としている。
すなわち、前記一認定のとおり、伊丹市の中部及び西部では、住居系地域に囲まれて工業系地域が存在し、かつ各学校の通学路が住居系地域のみならず、準工業地域をも貫いて走っていることが認められるから、良好な教育環境の保全のためには、風営法施行条例が対象としていない工業系地域も教育環境保全条例の対象とすることが必要であるとの被告の説明には、合理性があるということができる。
8 前記のとおり、風営法及びこれに基づく風営法施行条例では、風俗営業が不許可とされるのは、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び住居地域における営業に限られ、右以外の地域における営業については原則として許可されるのに対し、教育環境保全条例では、右以外の地域における建築物についても、同条例が定めるところに従い、不同意とされ、結果として、風俗営業を目的とする建築物の建築が不可能ということになる。
しかし、風営法が風俗営業の規制に関し、同法の規定のみによって全国的に一律に同一内容の規制を施すものではなく、各地方公共団体により独自の規制を施すことを前提としていることは、同法がその規制対象地域の定めを各都道府県の条例に委ねていることからも明らかであるし、また、都道府県の条例の規制対象地域以外の地域における規制につき、各市町村の実情に応じ、各市町村が良好な風俗環境、教育環境を保全するために独自の規制を加えることを容認していないとする規定は存しないのである。
9 以上に述べたとおり、教育環境保全条例と風営法及び風営法施行条例とは、その目的、規制方法を大きく異にし、教育環境保全条例の適用によって、風営法の意図する目的と効果をなんら阻害するものではないし、また、両者の間にその目的において共通する面があったとしても、風営法は各地方の実情に応じて、独自の規制をすることを容認していないとは解せられないから、教育環境保全条例と風営法及び風営法施行条例との間になんら矛盾抵触はないといわなければならず、この点において、教育環境保全条例を違憲違法なものということはできない。
四教育環境保全条例の規制方法の合理性について
1 伊丹市の教育環境保全条例三条は、旅館業又は風俗営業を目的とする建築物を建築しようとする者は、あらかじめ市長にその建築の同意を得なければならないとし、同四条は、市長は、右規定に基づき、建築の同意を求められた場合において、その位置が(1)規則で定める教育文化施設、公園、児童遊園地又は児童福祉施設等の敷地の周囲二〇〇メートルの区域内、(2)規則で定める通学路の両側それぞれ二〇メートルの区域内、に該当するときは、建築の同意をしないものとすると定めている。但し、同条例四条一項但し書は、申請が同条例一条の目的に反しないと認められるときは、同条二項により、市長が委嘱する委員で構成される教育環境審査会に諮らなければならないとし、同条例六条は、その際は、あらかじめ建築物の建築に利害関係を有する者の出席を求めて、公開による聴聞を行わなければならないとされている(<書証番号略>)。
そして、既に、風営法及び同法施行条例において、風俗営業を営むことを目的とする建築物の建築につき、住居系地域では、これを認めないことを原則としているから、教育環境保全条例が実質的に規制の対象としているのは、住居系地域を除く他の地域における建築であるが、証人小西誠の証言によれば、伊丹市における現実の運用としては、商業地域内での申請に対しては審査会に諮り、公開の聴聞を経たうえで、概ね同意していることが認められる。そうすると、教育環境保全条例に基づく同意の申請に対し、実際に不同意となるのは、その他の地域、すなわち、近隣商業地域、準工業地域及び工業地域内で、かつ、同条例四条一項に規定する地域に限定されていることになる(なお、証人小西誠の証言によれば、右の地域内における申請でも、同条例四条一項但し書により、もと商業地域に属する地域の建築物につき同意された例があることが認められる。)。
以上によれば、教育環境保全条例は、教育環境保全の観点から原則として建築を不同意とする対象区域を明確に限定しているうえ、同意又は不同意の処分をするに当たり、審査会に諮問するとともに、利害関係を有する者に聴聞の機会を与えるという慎重な手続を定めていると認められる。
2 また、教育環境保全条例八条は、条例に基づく市長の同意を得ないで建築をした場合、市長は、その建築主に対する制裁として、同建築主に対して、当該建築物の建築の中止を命ずることができるとしている(<書証番号略>)。しかし、右のほか、同条例では、不同意建築物に対して、制裁措置をとることができるとする規定は、置かれていない。
したがって、不同意に係る建築物の建築主において、市長の中止命令に従わないときは、市長は、工事中止を求める訴えの提起又は仮処分の申請をすることにより、裁判所を通じて、その目的を達することとなる。風営法では、同法に基づく許可を得ないでされた営業に対して、一年以下の懲役若しくは五〇万円以下の罰金を科すこととし、刑罰をもってその実効性を担保しようとしているのと比較すると、制裁の内容、程度において、格段に差があり、その達成しようとする目的に照らし、その規制方法は、決して不合理なものということはできない。
3 以上によれば、教育環境保全条例の規制方法には、不合理な点を認めることができないから、同条例が違憲、違法であるとの原告の主張は採用することができない。
五本件不同意処分の具体的合理性
1 前記一認定のとおり、本件建築予定地は、同市の西部に位置しており、その用途地域は準工業地域に指定されているが、その面積は、それほど広いものではなく、西側を除く三方を広大な第二種住居専用地域に取り囲まれ、西側は、県道沿いの住居地域に接し、さらにその西側は広大な第二種住居専用地域であること、本件建築予定地自体、準工業地域に指定された区域の最北端に位置していること、本件建築予定地を含む準工業地域の中には、工場が立ち退いた跡地に戸数一二〇戸のマンション「スワンハイム昆陽」が建設された土地が含まれているほか、相当数の住宅が建設されてきていること、またその東側部分には伊丹市が設置した花里公園が存在していること、本件建築予定地をさらに具体的にみると、その東側は空地になっており、南側はナショナルクラウン伊丹工場、西側は店舗及び駐車場を経て県道尼崎宝塚線に隣接し、北側は住宅密集地となっていること、本件建築予定地から二〇〇メートルの範囲内には、教育環境保全条例四条に規定する保護対象施設として、教育文化施設である伊丹市共同利用施設若竹センター、児童遊園地である池尻Ⅱ及び若竹各児童遊園地、都市公園である花里公園が存在していること、また、右二〇〇メートルの範囲内ではないが、本件建築予定地の南約二五〇メートルには、伊丹市立花里小学校が、東約三〇〇メートルには学校法人西伊丹幼稚園が、東北約三〇〇メートルには兵庫県立伊丹西高等学校が、それぞれ存在していること、本件建築予定地の北側に面する道路は、花里小学校の通学路に指定されているほか、本件建築予定地の二〇〇メートル以内には、同小学校、伊丹市立花里幼稚園、伊丹市立松崎中学校、伊丹西高等学校及び西伊丹幼稚園の通学路に指定されている道路が数本存在すること、が認められる。
2 右認定事実によれば、本件建築予定地が属する準工業地域は、都市計画法上の用途地域の区分としては、工業系の地域であることはいうまでもないが、工場が立ち退いた跡地に建築された中高層のマンションを含む住居が多数存在する地域であり、今後も住居が増加することは見込まれるが、工場が今後新たに立地する可能性が小さい地域であるということができ、現在なお、ある程度の数の工場が存在しているものの、地域全体として考察してみると、実質的には、住居系の地域とも評価することが十分可能な地域であり、また現実に、本件建築予定地の北側は小学校の通学路となっている道路を隔てて住宅密集地となっているのである。そして、本件建築予定地から二〇〇メートル以内の区域には、教育環境保全条例四条の保護対象となっている施設が多数存在しているのである。
以上の事実に、伊丹市として、今後、準工業地域から工場が撤退したときは、その地域を住居系の地域に指定を変更する予定であり、現に右のとおり用途地域の指定を変更した例があること、本件のパチンコ店建築に対しては、周辺の多数の住民から反対の陳情が出されていることを併せ考えると、被告が教育環境保全条例四条に基づき、本件建築予定地上の建築物の建築につき不同意としたことは、相当であるといわなければならない。
3 よって、本件の不同意処分は適法である。
六結論
以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官吉野孝義 裁判官北川和郎)
別紙物件目録
一 伊丹市寺本六丁目八六番一
宅地 772.11平方メートル
二 同所八六番二
宅地 762.06平方メートル
三 同所八六番三
宅地 1476.16平方メートル